「マルセイ」は社長の名前じゃない|年間24万個焼く職人が辿る1977年誕生の物語

バターサンドの選び方

マルセイバターサンドを食べたことがある人は多い。

でも「マルセイ」が何のことか、答えられる人はほとんどいない。

これは、社長の名前でも、略語でもない。100年前に北海道へ渡った一人の男が遺した、バターの商標の名前だ。

宮崎県椎葉村でバターサンド専門店「菓te-ri(カテーリ)」をやっています、椎葉です。年間24万個。これくらい焼いていると、自分のお菓子だけじゃなく、他のブランドが背負っている物語のことも、自然と気になってくる。

この記事では、公式の一次情報だけを使って、「マルセイ」という名前の由来と、1977年5月14日に何が起きたのかを、静かに辿ります。

牧草地で草を食むホルスタイン牛
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🎯 3秒で分かる「マルセイ」早見表

  • 「マルセイ」の正体:晩成社(依田勉三が率いた開拓結社)が用いたバター「マルセイバタ」の商標。○の中に「成」の字
  • マルセイバターサンド発売日:1977年5月14日(六花亭の社名変更と同日)
  • 命名者:清水公照老師(当時:東大寺管長)。「六花亭」の社名命名者
  • 六花亭の前身:帯広千秋庵株式会社(1933年7月5日 帯広千秋庵として開店)
  • マルセイバタが実在した期間:1905年(明治38年)〜1918年(大正7年)の13年間
  • 包装紙:発売当時の「マルセイバタ」ラベルを復刻・模したデザイン

1977年5月14日、何が起きたのか

マルセイバターサンドの発売日は、1977年5月14日。
六花亭の公式沿革に、はっきりとそう書かれている。

同じ日に、もうひとつ起きたことがある。
それまで「帯広千秋庵株式会社」だった会社が、社名を「六花亭」に変えた日でもある。

つまりマルセイバターサンドは、「六花亭」という会社が生まれた、まさにその日に、社名変更記念菓子として世に出た。

新しい会社の名前と、新しい代表作の名前。
両方が同じ日に発表されている。

「六花亭」という名前を付けたのは、東大寺の管長を務めていた清水公照老師。
「六花(りっか)」とは雪の結晶のこと。北海道を代表する菓子屋になるように、という願いが込められている。

そして同じ日に世に出た代表菓子の名前として、選ばれたのが「マルセイ」だった。

新しい時代の始まりに、100年近く前の商標を持ってくる。
ここに、職人としての凄みを感じる。

「マルセイ」は晩成社のバターの商標

「マルセイ」とは、○の中に「成」の字を入れたシンボルの名前だ。

これを商標として使っていたのが、明治期に北海道・十勝へ入植した「晩成社(ばんせいしゃ)」という会社。
晩成社が作っていたバターの名前が「マルセイバタ」だった。

「晩成」の二文字は、「大器晩成」からとったものだ。
たとえどれだけ長い年月がかかろうとも、必ず成功させる──そういう兄弟の意気込みが、この名前には込められている。

晩成社の「成」を○で囲んで「マルセイ」。
ロゴというものがまだ言葉として存在しなかった時代の、商標の作り方だ。

当時の「マルセイバタ」のラベルは、帯広百年記念館に現物が所蔵されている。
六花亭のマルセイバターサンドの赤い包装紙は、このラベルを復刻・模したものとして作られている。

依田勉三という男

晩成社を率いたのは、依田勉三(よだ・べんぞう)という男だった。

嘉永6年5月15日。西暦でいうと1853年6月21日。
伊豆国那賀郡大沢村、現在の静岡県賀茂郡松崎町の生まれだ。

11歳で母を、13歳で父を失う。
兄の佐二平に養育されながら学問の道に入り、19歳で上京。慶應義塾に進み、福沢諭吉の教えを受ける。
胃病と脚気で2年で中退して郷里に戻るが、福沢の影響もあって、すでに北海道開拓の志を立てていた。

明治12年(1879年)、26歳のとき、従妹のリクと結婚。
この頃には、北海道へ渡る決意は固まっていた。

明治15年(1882年)1月、晩成社を設立
資本金は5万円。政府から、未開拓地一万町歩(およそ100平方キロメートル)の払い下げを受けた。

そして翌1883年4月、13戸27人の仲間と横浜を出港。
函館を経由して、5月14日に帯広に到着した

晩成社が帯広に着いた日。
それも、1883年5月14日。

1883年5月14日 帯広入植。
1977年5月14日 マルセイバターサンド発売。

94年の時を挟んで、同じ日付が並ぶ。
偶然なのか、選ばれた日なのかは、公式の説明には書かれていない。
ただ、こうして並べると、この菓子の名前の重みが少し変わって見える。

入植してからの晩成社は、苦難の連続だった。
最初の年は、鹿猟の野火、イナゴの大群、天候不順、ウサギ・ネズミ・鳥の食害が次々と襲い、農作物はほとんど収穫できなかった。
13戸あった移民は、数年で3戸まで減った。

依田勉三は、最後まで開拓を続けた。
1925年12月12日、72歳で没。
緑綬褒章を受章し、1954年には北海道開拓神社に祭神として合祀されている。

教科書では、ほとんど触れられない。
それでも、十勝で「開拓の祖」と呼ばれるのは、この人だ。

マルセイバタ、13年の物語

農業で苦しんだ晩成社が、次に挑戦したのが牧場経営とバター製造だった。

当縁郡当縁村生花苗(とうべりぐん・とうべりむら・おいかまない/現在の大樹町)に1万ヘクタールの土地を確保し、牛馬の飼育を始める。
依田勉三の日記には、明治34年(1901年)頃から、乳業に強い関心を寄せていた様子が残っている。函館でバターを買って研究し、搾乳機を見学し、人を雇って搾乳の研修を積ませている。

『晩成社営業報告』によれば、こうある。

  • 明治37年(1904年):バター製造のための器具を用意
  • 明治38年(1905年):バター製造技師を雇い、生産をスタート。北海道で初めてのバター商品化
  • 明治39年(1906年):販売開始。初年の収入は602円弱

「マルセイバタ」は、こうして世に出た。

評判は上々だった。
ただ、販売先を見つけるのに苦労した。十勝から本州への輸送コストは重く、現地の遠さがそのまま採算性の壁になった。

そして、終わりはあっけなく訪れる。

大正7年(1918年)、マルセイバタの製造は停止される
第一次世界大戦の好景気で、人件費と飼料の価格が高騰。バター生産の採算が完全に取れなくなったためだ。
『晩成社営業報告書』には、こう書かれている。

本年ハ手不足且賃金ノ昂騰加フルニ飼料ノ暴騰為メニ製造ヲ見合ス強テ製造セントセバ益ナク損ナルガ如シ故ニ製造ヲ中止ス

1905年から1918年。
マルセイバタの命は、わずか13年だった。

素朴な木製トレイに並べた焼き菓子
Photo by Ava Neva on Pexels

なぜ六花亭は、その名前を選んだのか

マルセイバタが姿を消してから59年が経った1977年。
帯広で菓子を作っていた帯広千秋庵株式会社が、社名を「六花亭」に変える。

同じ日に発売される、新ブランドの代表作。
普通の判断なら、もっと華やかで、現代的で、覚えやすい名前を付ける。
それが商売の常識だ。

でも六花亭は、それをやらなかった。
60年近く前に姿を消した、ローカルな開拓結社のバターの商標。
それを、菓子の名前として、復活させた。

六花亭公式の商品ページには、こう書かれている。

菓名の由来は、十勝開拓の祖・依田勉三翁が率いた晩成社により十勝で最初に作られたバター「マルセイバタ」にちなみ、包装紙もそのラベルを模しています。
(マルセイバターサンド5個入 商品詳細)

マルセイを冠したお菓子の背景には、酪農王国の礎を築いた先人たちの姿がある──と、公式は説明する。

つまりマルセイバターサンドは、「十勝という土地の記憶を、菓子の包装紙ごと持ち運ぶ装置」として作られている。

これは、商標の話じゃない。
土地の話だ。

包装紙の中に、開拓の記憶

マルセイバターサンドの赤い包装紙には、複数の意味が同居している。

  • 晩成社が使っていたバターのラベルの復刻
  • 「○成」というシンボル
  • 1883年に帯広に渡った13戸27人の記憶
  • 1977年5月14日に、新しい六花亭が出した最初の答え

商品の中身も、すべて土地と結びついている。
六花亭の公式商品ページに記載された構成は、こうだ。

  • ホワイトチョコレート北海道産生乳100%のバター
  • そしてカリフォルニア産のレーズンを合わせたクリーム
  • それをビスケットでサンドした構造

5個入りで税込870円。
日持ちは25℃以下の涼しい場所で9〜10日間。
保存条件まで、潔く割り切られている。

1977年に発売されてから、2026年で49年目に入った。
半世紀近く、ずっと売れ続けている。

これは、味だけでは絶対にできない芸当だ。
名前と土地と時間が、一枚の包装紙の中にきちんと畳まれている。
その上に、ホワイトチョコと生乳バターとレーズンが乗っている。

【職人の一言】食べるとき、思い出してほしいこと

味は化学だ。
バター、砂糖、卵、小麦粉。配合と温度。それで決まる。

ただ、人が「美味しい」と感じる感覚は、そこに乗っている物語の重さで動く。

マルセイバターサンドを食べるとき、舌は確かに三層の構造を捉えている。
そこに、依田勉三という男の生涯と、晩成社の入植と、1977年の春の帯広の話が乗る。

味そのものは変わらないはずなのに、なぜか少し深くなる。
これは錯覚じゃない。文化の力だと、僕は思っている。

次にマルセイバターサンドを開けるとき。
赤いパッケージの真ん中に、「○成」のマークがある。
あれは、十勝の開拓者が遺した証だ。

その向こうに、依田勉三と、晩成社と、1977年5月14日があると思いながら、食べてみてほしい。

たぶん、いつもと違う味がする。


出典・参考(公式情報源)

  • 六花亭公式「沿革」(https://www.rokkatei.co.jp/recruitment/outline/history/
  • 六花亭公式オンラインショップ「マルセイバターサンド5個入」商品詳細
  • 六花亭公式オンラインショップ「ザ・マルセイ15個入」商品詳細
  • 松崎町公式「依田勉三」(https://www.town.matsuzaki.shizuoka.jp/docs/2016020300172/
  • 集まれ!北海道の学芸員「『マルセイバタ』を売り込め!」(帯広百年記念館蔵史料に基づく学芸員署名コラム)
  • 慶應義塾大学 通信教育課程「北海道『依田勉三』」

商品の最新情報は、六花亭公式サイトをご確認ください。

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1977年の誕生から半世紀近く、北海道土産の王道として磨かれ続けた一品です。

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