なぜエシレとベイユヴェールは木製チャーンを捨てないのか|職人の本音

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木製チャーンを使った伝統的なバター作り

エシレ。ベイユヴェール。

高級バターと言われて思い浮かぶフランスの2大ブランドが、まったく違う出自を持ちながら、同じひとつの製法 を選び続けている。

それが、木製チャーン(攪拌機)だ。

宮崎県椎葉村でバターサンド専門店「菓te-ri(カテーリ)」をやっています、椎葉です。
年間24万個。これくらい焼いていると、「設備が味を作る」という事実を、嫌でも実感する。

今日は、エシレとベイユヴェールが木製チャーンを捨てない理由を、公式情報で分解します。

バターを攪拌(チャーニング)する伝統的な製造工程
Photo on Pexels

🎯 3秒で分かる「木製チャーン」早見表

  • チャーン:バターを練り上げるための攪拌機
  • 現代の主流:ステンレス製。衛生管理しやすく、量産に強い
  • エシレ・ベイユヴェールが選ぶのは:昔ながらの木製チャーン
  • 木製の利点:摩擦熱が少なく、乳の香りと風味を保てる
  • 結果:口あたりが柔らかく、滑らかな食感のバターが生まれる

エシレ|1894年から木製チャーンを変えていない

エシレ(ECHIRE)は、フランス中西部・エシレ村のエシレ酪農協同組合が、1894年からバター作りを続けている発酵バター。

エシレ公式は、製法についてこう書いている。

エシレの人が「エシレだけ」と胸を張るのが、昔ながらの木製チャーン(攪拌機)。
牛乳から作られるクリームは、殺菌・発酵の過程を経て、この木製チャーンの中でバターに練り上げられます。
現代ではステンレス製のチャーンが一般的ですが、この木の持つ不思議な力が、口あたりの柔らかで滑らかな食感を生み出しているのです。

130年以上、製法を変えていない。
そして、その理由を「木の持つ不思議な力」と言い切っている。
公式が、ここまで断言するのは珍しい。

エシレはさらに、原料の生乳にも厳しい制約を持っている。
工房から 半径50km以内の酪農家 の牛だけを使用し、搾乳後 48時間以内 にクリームに加工する。
そのフレッシュなクリームを、乳酸発酵させてから、木製チャーンで練り上げる。

この一連の流れがすべて成立して初めて、エシレ村のテロワール(土壌)の味が、バターの中に閉じ込められる。

ベイユヴェール|1980年創業の若手も、同じ木製を選んだ

ベイユヴェール(beillevaire)は、エシレよりずっと若い。
創業は 1980年、フランス西部の小さな村 マシュクール(Machecoul) の一軒の酪農牧場から始まった。
創業者は酪農家、パスカル・ベイユヴェール。

創業からまだ45年あまり。ヨーロッパの基準で言えば、相当な「新興ブランド」だ。
それなのに、ベイユヴェールもまた、同じ製法を選んでいる。

ベイユヴェール公式の発酵バター商品ページには、こう書かれている。

ベイユヴェールの発酵バターは今も昔ながらの製法にこだわり、木製の攪乳機で作られます。風味豊かで上質なミルクの濃厚な味わいをご家庭でもお楽しみください。

創業100年以上のエシレが「ずっとこの製法でやってきた」と言うのは、ある意味で自然だ。
でも、1980年に新しく始まったベイユヴェールが、わざわざ 古い木製を選んで始めた というのは、別の意味を持つ。

ステンレス製のチャーンを選ぶ方が、コストも管理も明らかに楽。
それでも、ベイユヴェールは木製を選んだ。
理由は、パリの5ツ星ホテルやミシュランシェフが求める味のラインに、木製チャーンでないと届かない と判断したからだ。

結果、ベイユヴェールは創業から数十年で、パリの高級ホテル御用達のフロマジュリーになった。
日本初上陸は2017年夏。現在は松屋銀座や虎ノ門ヒルズビジネスタワーなどで購入できる。

なぜ「木」だと味が変わるのか

これは、物理の話だ。

バターを作る最終工程の「チャーニング」(攪拌)は、クリームを撹拌することで脂肪球を凝集させ、バターと水分(バターミルク)に分離させる作業。
このとき、撹拌による 摩擦熱 が発生する。

ステンレス製のチャーンは、熱を伝えやすい。
撹拌中に温度が上がると、乳の風味成分(特に揮発性の香気成分)が壊れたり、飛んだりする。

木製のチャーンは、熱伝導率が低い。
撹拌中も温度が上がりにくく、乳の香りと風味成分が、バターの中にそのまま残る。

これが、エシレ公式が言う 「木の持つ不思議な力」 の正体だ。
科学的に言えば「熱伝導率の低さ」だけど、結果としての味の差は、確実に存在する。

牧草地で草を食むホルスタイン牛
Photo on Pexels

木製チャーンは「非効率」を引き受ける製法

木製チャーンが選ばれない理由は、ステンレスに比べて、こうした制約があるからだ。

  • 衛生管理が難しい(木は微生物がつきやすい)
  • 耐久性が低い(木材なので経年劣化する)
  • 洗浄に時間がかかる
  • サイズに限界がある(巨大化しにくい)
  • 製造コストが高い

これらをすべて引き受けたうえで、木製を選ぶ。
これは、「効率を諦めて、味を取る」 という、ものすごく明確な意思表示だ。

エシレもベイユヴェールも、量産には向かない。
だからこそ、本物だけが残るブランドとして、世界中の三ツ星シェフから選ばれ続けている。

バターサンドにとって、木製チャーンは何を意味するか

ここからは、職人としての話。

バターサンドは、バターが主役のお菓子だ。
クッキーがどれだけ良くても、バタークリームのバターが弱いと、最後まで食べきれない。

市販のバターサンドのほとんどは、ステンレス製チャーンで量産された業務用バターを使っている。
それは、コストと供給量を考えれば自然な選択だ。

ただ、ごく一部に 「エシレを使った」「ベイユヴェールを使った」 と謳うバターサンドがある。
これらは、価格帯が一段違う。
価格帯は、一段高い世界だ。

その価格差の中には、木製チャーンの非効率を引き受けたコスト が確実に含まれている。
「高い」のではなくて、「非効率の値段」を払っている、と言ったほうが正確だ。

【職人の一言】設備を見ると、本気度がわかる

菓子作りの世界で、「どの設備を使うか」は、レシピそのものの選択と同じくらい重い。

ステンレスを選ぶブランドは、量とコストで戦う。
木製を選ぶブランドは、味とブランドで戦う。
どちらが上ではなく、どちらの戦場を選ぶか、というだけだ。

次にエシレやベイユヴェールのバターサンドを口にするとき、木製チャーンの中でゆっくり練られた瞬間 を、ちょっと想像してみてください。
たぶん、いつもと違う味がする。


出典・参考(公式情報源)

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